人間性心理学会第27回大会 口頭発表 抄録

演題名: 介護老人保健施設における高齢者への表現アートセラピー
発表者氏名・所属機関
     小野京子(表現アートセラピー研究所・東京学芸大学)
     三輪裕子(表現アートセラピー研究所)

Keyword: 表現アートセラピー、自己表現、パーソン・センタードアプローチ、尊厳、創造性

本文:
I、はじめに 
発表者は、2004年より介護老人保健施設通所デイサービス利用者の高齢者に対して、パーソン・センタード表現アートセラピーのプログラムを行っている。 2006年よりデイサービスのメンバーに入院中の認知症者を加えたメンバーでプログラムを継続している。その関わりを通して、高齢者がアート表現のプログ ラムに参加することで、集中の持続、表現を楽しむことや新しい取り組みへの積極的な姿勢を促し、自己評価の向上に有効であることが認められた。その過程と 作品から、施設での日常ではあまり見られなかった表情や会話、集中力や内面の豊かさ等が観察された。認知症を含む高齢者に定期的な表現アートセラピーのプ ログラムを実施することの効用を整理し、その意味を考えたい。今回は2006年から2008年の2年間をとりあげる。

II、方法
1    対象 
 介護老人保健施設入所中の高齢者、通所デイサービス利用の高齢者10名〜13名。参加者は施設スタッフにより、アートのプログラムに興味があるかどうか 判断し、声かけをし、本人の意思を確認して決定される。認知機能、身体的機能はそれぞれ異なり、介護度2〜4である。年齢74歳〜92歳、男女比は平均4 対6。体調や家庭事情により施設からの退所や移動も多く、同じメンバーの継続参加が難しかった。
2    実施期間
 2006年4月より2008年3月まで、月一回、1時間で計24回。
3    実施方法
 事前に施設スタッフと当日のプログラムについての打ち合わせを行い、参加者の様子を聞く。ファシリテーターとアシスタントは毎回2〜3名、施設スタッフ 3〜4名。参加者全員が着席後開始の挨拶。当日のプログラムについて説明、(各回異なったテーマを設定し、素材を貼る、塗る、作るプログラム)ウオーム アップとして6色の折り紙を貼付けたボードを持ってスタッフが各人を廻り、今日の気分の色を尋ねながら一人ひとりに挨拶をする。次にプログラムの作業手順 を説明し、やり方を提示し、製作に入る。それぞれ、必要に応じて介助しながら進行。終了後、各人の作品を鑑賞する。今日の気分で10分、説明と作業で30 分〜45分、鑑賞で5分、合計60分。その後、再度施設スタッフとともに振り返りの時間をもち、作業中の参加者の様子を話し合う。各人の評価(表情、積極 性、持続性、協調性、情緒性、身体性、知的機能を5段階にて評定)を行い記録する。
作業は、選ぶ、塗る、貼る、を各人がそれぞれ好みに応じて進めていく。用意した素材の中から選んでもらい、見本と違ってもかまわないことを作業開始時と途 中に何回か口頭で伝える。

III、結果、考察
 プログラムの目的は、見栄えのある作品を作ることではなく、技術や目標の達成でもなく、あくまでも自由な表現であり、参加者が楽しみながら自分にぴった り来る表現をしてもらうことである。そのため自由で強制のない、安全な環境を提供することで、認知症を含む高齢者の長時間の集中が可能になり、表現を楽し む時間を持つことに加え、自己評価が向上し(だめ、できないなどの否定的表現が減り)、他者への関心の増大など、心理的、社会的な肯定的変化が観察され た。日常生活の中でも、会話が増える、表情が柔らかくなるなどの変化も見られた。そして参加者への効用のみでなく、施設スタッフも参加者の活動や表現を観 察することで、参加者の内面に触れ、潜在力を認識し、尊厳の念を改めて持つことや、家族が作品を見ることで同様の影響が生じた。また作品は、家族や他者と 話す話題にもなり、社会との接点が増した。月に一回というペースは間隔が長く、前回のことを覚えていない方もいるが、継続することによって、作業場所に集 まり、グループとして顔を合わせることで、以前のことを少し思い出して、安定してワークに入れることが観察された。月に一回1時間という設定であっても、 継続参加者には、肯定的変化が定着することが観察された。
当日の発表では、観察されたことと毎回の評価記録から、変化が見えた参加者を個別に取り上げて、考察する。また高齢者へのアプローチでは、テーマの設定の 仕方、素材の工夫、そしてプログラム中のスタッフからの働きかけ方が鍵となるが、施設スタッフにもパーソン・センタード・表現アートセラピーの体験を持っ てもらうことが、とても有効であった。心理的安全と自由について、スタッフとファシリテーターが共通理解をもつことがとても重要であった。

IV、高齢者へ行う表現アートセラピーの意義
発表者は、表現アートセラピーの中の「遊び」の要素をとても大切に考えている。施設の中での日常と違ったアートの作業で「遊ぶ」ことによって、自分と出会 い、感じるワークになるように心がけている。感触の違った素材(枝、粘土、布、和紙)に触れること、スポンジや筆での絵の具の作業、指や腕を動かして紙を 丸める、ちぎる作業という枠の中で、自分の好みや個性を楽しみながら表すことで、心身が解放され、作品を通して自分の存在が周りから受容され、他者への関 心が広がる、という治療的なプロセスが展開する。
パーソン・センタード表現アートセラピーにおいて、創造性を促進する条件としてナタリー・ロジャースは、(1)心理的安全(2)心理的自由(3)刺激され 触発される体験を提供する、という3つの条件をあげている。この3つの条件は高齢者との関わりにおいても、有効であることが示された。アートの作業の中 で、色や素材、レイアウトを自己決定し、自分で創造すること、上手下手は関係なく、スタッフや同じグループの仲間から共感してもらうことで、自分自身の価 値を感じることができる体験になる。また参加、不参加の自由、自分の作品を自分のものとして終了を決定できることで心理的な自由が保障されている。(3) は、高齢者が扱いやすく、興味を示しやすい素材、触感、色など、素材とテーマに工夫して、作業の単純化なども考えながら提供している。創造性とは、生き生 きと外界と交流しその中で自己を発揮することと考えられる。高齢者にとっても、創造性は非常に意味のある体験である。
多くの高齢者施設において、絵画や塗り絵、クラフトなどのアートのプログラムが取り入れられている。素材に触れ、色を扱い日常と違う作業としての刺激、手 指を動かす刺激は高齢者によいとされている。そのアプローチを否定するつもりはないが、パーソン・センタードアプローチの心理的安全と心理的自由があるこ とで、グループとしての関係性を積み重ねることができ、安心して自分の個性を発揮するという創造性が促進されたと考える。